心構え編 (2) :ネイティブ発音

 

数年前のある昼下がり、北京は故宮入り口、牛門脇のチケット売り場に並んでいた。天安門広場の近くだ。北京大学で仕事を済ませた後、時間が余って立ち寄ったのだ。

行列は2つある。「中国人用」と「外国人用」。チケットの値段がちがうのだ。おおよそ10倍はちがっていたように思う。私はなぜか「中国人用」に並んでいた。

出張経費は学校が出してくれるが、観光は当然自腹。まぁその程度のお金は、さすがの私でも痛くも痒くもなかったが、どうにも口惜しい。口惜しさの余り反射的に中国人の後ろに並んでみたが、よくよく考えると悪い選択ではない。私は日本人。みかけは中国人と変わらない。服装は中国で買った物だし、苦労して見つけた人民帽も小脇に抱えている。問題は窓口のおばちゃんに何というか、だ。だけどね、へへっ、そんなことに苦労はしねーよ。言語学者なんだから。

友人の分と合わせて 2枚チケットが必要だった私は、列から身を乗り出して窓口を観察した。「2枚ください」の中国語を覚えるためだ。10人くらい前の中国人が窓口に向かって、

「リャン」

これは簡単。「ください」だの「いただけますか」だの言わなくてもいいらしい。指を2本出して「リャン」。数回口の中でもごもごとピッチの確認をする。こんなの楽勝さ、だって僕は言語学者。大学時代は「硬口蓋吸着音」なんてのまで、練習したんだから。へへっ。このゲーム、もらったぜっ。

 

いよいよ僕の番。深呼吸をした後、

「りゃん」

 

... ... 一瞬の沈黙の後、

いかり

おばちゃん鬼怒り。火をふいてる。パチンコ屋の両替窓口のような小窓から、二の腕までを付きだして「外国人用窓口」を指さす。もちろん叫びながらだ。

「しえしえ」

中国語で「わりーね」と言えない僕は、何度もお礼をいいながら外国人用の列に並んだのであった。

うーむ。言語学者大西、窓口おばちゃんに完膚なきまでの敗北。なぜなんだろーなー。

 

 このお話の教訓

 

ネイティブそのものの発音を身につけること。それはそもそも不可能に近いことです。少なくとも現地で何年も暮らし、毎日しゃべり続けなければそうした発音は身に付きません。ネイティブはちょっとした不自然な発音を、まちがいなく嗅ぎつけます。彼等の嗅覚は非常に微細なレベルにまで及ぶのです。

「ネイティブのように気楽に英語を使いたい」とみなさんは思っておられることでしょう。ですがそれを進めて「ネイティブになりたい」と思ってはなりません。趣味でアメリカ方言・イギリス方言の練習をするのは結構です。ネイティブに近い発音を身につけるため、多少の努力を払うことは結構なことです。ですが「そうした発音ができなくてはならないのだ」と思ってはなりません。そうした強迫観念は、みなさんを逆に英語から遠ざけてしまうでしょう。

世界にはいろいろな「英語」があります。スコットランドの英語など、私でも理解できませんよ。ネイティブの英語以外にも、Chemist's のオヤジのインド英語。パキスタン英語。フィリピン英語。ボブマーレーのジャマイカ英語。そこに日本人英語が加わってもいいじゃありませんか。

発音はお気楽に。それが一番大切なことです。「英語を使えるようになろう」と考えたとき、ネイティブそのものの発音を身につけるために膨大な時間を費やすよりも、大切なことは他に山ほどあるのです。