心構え編(3)

学生が私の研究室に来て言った。「先生の『英文法』の中にある『韓国で道に迷ったあげく催涙弾を浴びて』という下りは実話ですか」 はい。もちろん実話です。

数年前のある夕方(毎回これだな)、私はソウル大学にいた。(なんだか『兼高かおる世界の旅』みたいになってきたな)学会前日のパーティに出席するためだ。校門でタクシーを降りるともうすでに日は傾いている。6時始まりだったので、5時半に大学に到着すればいいだろうと思ったのだ。思えばそれが誤りのもとだった。

ソウル大学は広い。記憶は薄れてしまっているが、周囲は小高い丘陵に囲まれていたように思う。その囲まれた部分全部がソウル大学だった。会場の講堂までの地図を戴いていたのだが、「まぁ迷ったら道を聞けばいいや」と思っていた。思えばそれが誤りのもとだった。

日没間近で学生もまばらだ。2〜3人呼び止めて「うーす。オーディトリアムはどこですか」と尋ねても、何やら後退りを始めて逃げてしまう。英語を話すだけで蛇蝎の扱いだ。中には一生懸命答えてくれる子もいたが、答えが全部韓国語なので、要領を得ない。「英語科目はあるんだろうになぁ」、「まぁいいや、どうせ大きな建物なんだろうし、自分で探そう」、思えばそれが誤りのもとだった。

15分ぐらいそこらを歩いても、一向に目指す建物は見つからない。日はとっぷり暮れている。とぼとぼ歩いていくと、少し遠くに何やら大勢の人の話し声が...。「しめた。これだけ数がいれば、中には英語の堪能な子もいるかもしれない」 思えばそれが最後の誤りのもとだった。

 

ふと気が付くと、学生デモのまっただなかにいたのだ。連射型の催涙弾発射装置を備えた装甲車も停まっている。

「ぺぺぺぺぺぺぺぺ」

催涙弾が発射された。学生は蜘蛛の子を散らしたように四方に逃げる。辺りの空気は一変、いがらっぽくなり、目がシバシバしてくる。「なるほど催涙だわい」。感心している場合ではないのだ... 。

(ここからの記憶はない)

いや、何もとんでもないことが起こったわけではない。大昔のことであるから記憶がなくなっているだけ。しかし思えば、最初に道を聞いた学生さんの中で、誰か一人でも英語が話せればこんな目に遭わずに済んだのだ。

なんとかパーティ会場についた私は、ソウル大学の教授と話していた。せっかく着込んできた一張羅は汗でボロボロ。ハンカチは涙(等)でベロベロ。事の顛末を話すと

「はっはっは。とんでもない目に遭いましたね」

なーにが「はっはっはー」だ。ムカムカしたが、そこは国際親善。グッとこらえて私は言った。

 

「たのむから、英語の授業はまじめにやってください」

 

 このお話の教訓

英語の授業はまじめに受けよう。
外国人には親切にしよう。

 

以上。