私は吝嗇家が嫌いだ。
大学入学当初は実に貧乏だった。私が通った大学は1-2年生がほぼ全寮だったので、大西少年は生まれて初めて一人暮らしなるものを始めた。大学生になってまで親の臑を囓るのは気がひけたが、アルバイトが見つかるまでという約束で、月4万円を貰った。教科書から何から一切合切で4万円。この数字が何を意味するのか、タマネギ3つが世間でいくらするのかも知らなかった大西少年には知る由もなかった。ただ生まれてこのかたそんな大金を持ったことのなかった私は、急に金持ちになったような心持ちで、聖徳太子4人とスポーツバッグ1つ、それから何故かヤカンを下げて常磐線に乗ったのだった。
大学の寮は当時としてはすばらしく待遇が良かった。個室でベット・寝具、机、書架が支給され、共同のトイレ・台所・1回210円の浴場。赤紫がかったリノリュームは趣味が良いとは言えなかったが、月1万円足らずの部屋としては上出来だ。
新しい生活。
知らなかったよ、シラナカッタ。一人暮らしというのは、まことにお金がかかる。ましてや新入生。新入生歓迎コンパやら、教科書。それも英文科ということもあってやたらと高い。一冊5千円もするものもあった。瞬く間に 聖徳太子、3人退場したのは4/10 日。これから20日間を1万円。一日500円だ 。これでどうやって生活していけばいいのだ。
生活したんだよな、これが。親に無心するのも癪だったし、受験時代に蓄えた多少の贅肉もあったしね。まぁそれでも独力で耐えたわけじゃない。見る見る痩せていく私を心配した食堂のおばちゃんが、黙って野菜炒めを大盛りにしてくれたりした。貧乏なときにはね、しみるよ、人情が。
この頃の記憶は、今でも様々な形で私の生活に陰を落としている。まずは教科書。大学教員になってから15年経つが、その間学生に教科書を買ってもらったことは殆どない、教科書代の捻出に 苦労したことを思い出すからだ。 もちろん学問に本は必需品である。飯を我慢しても買わねばならぬ 。本を買って知性を磨くのは大学生として最低限の義務だ。だが私の授業は幸運なことに、自分でプリントを作れば事足りる。それで浮かせた 1,500円が、他のどうしても必要な本に回ってくれればいいと思っているのだ。「ネイティブスピーカーの英文法」は、授業のプリントをまとめたもの。苦労するのは悪いことばかりじゃない。
次は自転車。
今だに自転車は、手が届かない高級品のように思える。私の通 った大学は北大の次に広い。だから次の授業が500M 離れた教室だったりするのだ。当然自転車は必需品である。「歩くのが好きだから」と友人には嘯いていたが、その実高くて買えなかったのだ。 今でも自転車は別格扱い。バイクや車は、気軽に買える。 下手をすると散歩のついでに買ってくる。だが自転車は別 だ。高嶺の花なのだ。実際 、大学以来自分用の自転車を買ったことは1度もない。
冷蔵庫・カーペット。
寮の部屋は、2年間住んでいたが、ほとんど物は増えなかった。冷蔵庫もなかったし、冷たいリノリュームがカーペットで覆われることもなかった。「6畳用 3,800円」が惜しかったのだ。私の部屋に来た友人達は、がらっとした内部を見回して「病院みたいだ」と言っていた。我が家にカーペットの部屋は1つもない。また家をかわるときは、必ずキッチン屋に「冷蔵庫の件はよろしく」と言っている。
自分で買いに行く勇気がないからだ。
<貧乏話。まだまだ続く。いったいいつになったら本題に?>
貧乏は 過ぎてしまえば いい思い出