語彙編 (3)

「こんにちは。私ニューボンドストリートに行きます」

「え、私?私に言ってるの?はいはい、こんにちは。どうなさったのですか?」

「... ... ニューボンドストリートにはどう行けばいいのですか。道を教えてください」

「ああ、旅行者の方なんですね。なるほど。あそこにはいろいろブランドの店が集まっているからね。ここからすぐですよ。一緒に行ってあげましょう」

「ありがとうございます」

【道すがら... ... 】

「ところで、最近世界情勢はきな臭いですね。私の国の首相ブレアはご存知の通 りアメリカ寄りですが、ヨーロッパ全体としては反戦気分が盛り上がっているみたいですねぇ。日本はどうなのですか?」

「ブレア、ですか。日本人はブレアが好きです。彼は若いしハンサムですから」

「あ... そうですか。私も日本には行ったことがあります。素敵な国ですね。でもこの間 BBC で、日本人の大学教授の...なんていいましたかねぇ、Taj... 、忘れました。その女性が、『日本では女性がまだまだ軽視されている』ってインタビューで答えていましたが、それは本当でしょうか?」

「はい?ああ、日本に来たことがあるのですね。それはいいことです」

「あ... そうそう、そうなんですよ。ああ、あそこにフェラガモの店が見えてきましたね。いろいろ買い物するんですね。いいなぁ。私も行きたいけど、なかなかねえ。時間にもお金にも余裕がなくって」

「ありがとうございました。さようなら」

「あ...さようなら」

 

 このお話の教訓

極端な例をあげた。気を悪くしないでもらいたい。だが、「1000語で英会話」は実際問題として、この程度のものだ。1000 が 2000になろうが、期待など何もできない。もちろん、挨拶をかわしたり、道をたずねる程度なら何とかなろう。だが、それ以上の会話は無理だ。大人として満足の行く知的会話など、夢のまた夢である。

私のまわりにいるネイティブたちは、よくブーたれる。「話しかけてもらうのは結構だ。みんな練習したいだろうから。だけどね、ひろと。話している以上、僕らだって会話を楽しみたいんだよ。『何人ですか』『何歳ですか』で終わったら、誰だってイヤになる。そもそも失礼だろ、そんなこと初対面 で」

私だって、相手に1000語しかないなら話をするのはゴメンだ。1000 や 2000 という数字は、自分のことは何とか言えるが、相手の言っていることは皆目分からないことを意味する。ネイティブは会話でも10000 以上の語彙を使う。知的レベルと話題のレベルが上がればなおさらだ。1000 や 2000 では言いっぱなし。それが許されるのは、気軽な旅行者だけだ。

1000 だの 2000 だの、けちくさい話は忘れてしまおう。気軽な旅行者で終わりたくないのなら。それにね、覚悟さえ決めれば語彙を増やすのはそうむずかしい話でもないんだよ。

 

 

 

へへっ。だんだん勉強法らしくなってきたな。