Car_File 2. 高速お茶の間日産ローレル


すでにブランド廃止となったニッサンのミディアムクラスセダン。大学時代2台乗りつぶした

 

ローレル浦和市にある狭小建て売り住宅の1つにある日、ビニールレザー製の豪華応接4点セットが届いた。畳の上に起毛カーペットを敷き詰めた6畳客間はもはや立錐の余地もない。

その昔評論家徳大寺有恒氏の本で「ローレルスピリット」なる車がやり玉 に挙がっていた。手元にないため正確な引用ではないが、確か「実用車サニーがベースなのにベルベットのイスや電飾でゴテゴテと飾り付けた悪趣味の典型」といった内容だったと思う。その「スピリット」の本家本元 がこのニッサンローレルである。 座席はふあんふあんのベルベット。ハンドルは木製。なにやら怪しげなボタンがたくさんついた「悪趣味」君。改造車のベースとして長らく暴走族御用達であったといえば雰囲気が伝わろうか。

お茶の間の系譜とでもいうべきものが自動車業界には脈々と受け継がれている。リアウィンドウに「7人の小人」が並んでいたり、ムートンで飾った土足禁止の車を見たことがあるだろう。ローレルの後継車ティアナも売り文句は「スェーデン家具」のような「インテリア」だ。この種の車は「居住性がいい車」ではなく「たまたま動いてしまったお茶の間」に近い。そしてそれは日本車独自の文化だと思う。総革張りのジャガーにも木工製品のようなロールスロイスにもお茶の間の空気は流れていない。欧州車は快適に移動するためにのみ存在しているのだ。だがローレルはちがう。飾り立てた車に乗り込むことそれ自体に目的がある。極端な話、動かなくたっていいのだ。

幸せな自己完結。それがニッサンローレルだ。

 

もはや動力性能などを云々するのは野暮というもの。まして所有者の趣味を云々してもいけない。相手はお茶の間だからだ。「うちのリビングはスエーデン家具ですが、あなたのリビングは悪趣味ですね」それは余計なお世話だろう。鹿の剥製が壁からでていようが、金閣寺の置物があろうが、「京都通行手形」がかかっていようが、すべてよし。そこに満ち足りた家族がいる、お茶の間の定義はそれだけだ。

今まで22台車を所有した。20台見送ったということだ。牽かれていく車を見ながら胸が苦しくなったのはこの2台だけだ。そしてそれは実家を取り壊したときと同じ感傷だったように思う。