車はとどのつまり単なるモノでしかない。過度のこだわりは煩悩となり人生を踏み誤らせる。立って半畳、寝て一畳。お休み前にはルル3錠。念仏を唱えながら一路日産ブルーステージに向かった。虚飾を排し華美を避け、足るを知る車を買うためだ。
「どういった車をお探しでしょうか」 愛想のいい営業が声をかけてくれる。
「マッチのマーチをいただきたいのです」
「ははは。マッチのマーチとはずいぶん歳とって...いや、はいはいマッチのマーチありますよ。てんこ盛りにあります。ですがどうでしょう。うちにはティアナ(スエーデンお茶の間車)や X トレイル(X sports 的若年層向けクロカン)もあるんですよ、それを見てからにしては」
「私は豪華も装備もいらないのです。エンジンさえついていればそれでいいのです。そこのマーチ、中に入ってみていいですか」
清々しい車だ。広く開放感のあるフロントグラス、余裕の頭上スペース。なにより極端に簡素化されたインパネの景色がすばらしい。用途不明なメーター類は一切並んでいない。タコメーター(エンジン回転数表示)すらない。
...禅だ。
甘えたトノサマガエルのような顔をしているがそれは仮の姿。この車の本体は禅だ。ちょっと洋風なので ZENぐらいだ。
「気に入りましたか?よかったら試乗していいですよ」 もちろんその必要はない。私はすでに車ではなく「禅」と向かい合っている。
「今キャンペーンをやってましてね。マーチをお買いあげいただいた方にもれなくデデデーランドペアチケット差し上げているんですよ」
「巧言令色鮮(すく)なし仁(じん)」 東洋思想がごちゃまぜになってる。「そんな縁起でもないものはいりません。できるだけ安く、なるべく急いで家にもってきてください。あ。色は黒です、仏教ですから」 なーにが仏教なんだか。
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マーチとの暮らしは満ち足りたものだった。1.2 リッターエンジンなのでパワフルではないが、街中では必要十分。床まで踏み込めば高速道路も大丈夫。耐久性に富んだ実用エンジンは壊れるどころか不機嫌にすらならない。乗り心地も柔らか。リッター15km (だったと思う。今から考えるとウソみたいな数字だ)走るので財布にもやさしい。一回の給油で多分アメリカまで行ける。
「お前もやっと改心したんだね」 マーチを見ながら母は目を細めた。アルファスパイダーの時とは大違いだ。「こんな車買って。ご近所に顔向けできないじゃないか。誰の車かわからないように道端にでも停めておきなさい」と言われたのだった。お母様それは違法です。
デザインも。内容も。そして評判も。非の打ち所のない実用車、日産マーチ。しかし我が家にマーチはもういない。
諸行無常の大西家。行く車の流れは絶えずして久しくガレージに止まりたるためしなし。マーチは3ヶ月もたなかった。
仕方あるまい、今回は日産車なんだし。
...だって祇園精舎の鐘の声は
多分、
おそらくは、
ごーん。