021002 トラウマ

入院中、術前精密検査の順番を待っていた。    

 「おおにしさーん」    

呼ばれて部屋に入ると、僕と同い年くらいの看護婦が    

 「あ。大西さんね。はいはいはい。そ。そこに寝て。造影剤点滴するから腕まくり。あ、上着脱いでね。ダッ シュダッシュ。今立て込んでるからね」   

温厚篤実を絵に描いたような私もちょっとカチンときた。どう考えても40男相手の口調じゃないだろ。手術前だというのに余分な血圧を上げていると、先ほどの看護婦がカルテを見ながら大声で、    

 「大西さーん。もしかするとあなたは昭和36年生まれの大西さん?」    

 なるほど読めた。    

 「その通りです。昭和36年生まれでそろそろ厄年の大西さんです」  

 「いやだぁ。私てっきり私の息子と同じくらいだと思って...」  

 道理で息子に話すような言葉遣いだったわけだ。普通なら頭のひとつも掻いて喜ぶところなんだろうが、実際のところ非常に不愉快である。若く見られると言うことは歳相応の年輪が顔に刻まれていないということ であって、良くて苦労知らず、悪くするとお馬鹿さんだ。毎日こんなに真面 目に暮らしているのに、10年分位の苦労を勝手に割り引かれた感じだ。  

 若く見られたのは初めてではない。大学院のときはもっと若く見られた。    

 残暑の残る9月の或る日、半ズボンをはいてフラフラ散歩していると、ランドセルを背負った小学生が、

   「おい。おまえどうしてそんなに背が高いんだ」    

今ほど分別のなかった私が、そいつに3発デコピンをくれたのはいうまでもない。