021018 K 先生

昨日先代学長の夢を見た。K先生だ。ジプシー研究の権威だった先生はもうずっと前に亡くなっている。

 初めて会ったのは東洋女子の採用面接。もう14年前になる。型どおりの学長面 接を終えたあと帰ろうとしていた私に

 「大西さん、カツ丼でも食べましょうか」

奇妙な爺さんだなぁと思いながらも、教員室で肩を並べてカツ丼を食べていた。すると

 「若いんだから、足りないだろ。僕のもあげるよ」

自分のカツ丼の残り半分を僕のどんぶりに入れてくれた。うんこの人と一緒なら楽しく働けるだろうな、そう思って今の職場に草鞋を脱いだ。14年前のことだ。

 教員同士の雰囲気も、多分どの大学よりも打ち解けていた。K先生の気の置けないお人柄が、教員の人間関係にもいかんなく浸透していたようだ。気が付くといつも教員の集会所に腰掛けておられ、誰の話にも笑いながら熱心に耳を傾けていた。若手教員の飲み会では、いつもレシートを掴んでいつのまにやら消えていた。そんな先生。

 僭越だが、私を孫のように思っていてくれたのだろう。学校行事や飲み会では、いつでも私を隣に呼んで、弁当やら酒の肴やらを分けてくれた。私も酔っぱらって何度か「お爺ちゃん」と呼んだ気がする。初めての家を建てたとき、父が死んだとき、海外での発表が重なり費用に困ったとき、いつでも近くで笑っていてくれた。

 当時は私も、若手研究者の例にもれず鼻っ柱が強かったと思う。「自分が一番」、負けるのが大嫌いだった。文学出身の先輩教員と「客観とは」などというよくわからん話で激昂して、御徒町あたりのスナックを追い出されもした。路上で怒鳴り合ったりもした。今幾分落ち着いて、大きく道を踏み外しもせず人に殊更憎まれもせず、身すぎ世過ぎが一応できているのは、K先生のおかげだと思う。「実るほど頭を垂れる...」を絵に描いたような人物だった。彼の前では「自分が一番」説を披露することはできなかったのだ。

 ある日、先生がペーパーバックをくれた。「大西さんみたいな人だよ、この主人公は」。Slow Waltz in Cedar Bend という大衆小説。

 実は今に至るまでその本は読んでいない。慧眼のK先生に自分がどう映っているか、当時は知りたくなかったからだ。自信がなかったのだろう。だがあれから7年。そろそろ読んでもいいのかもしれない。当時の自分を少し遠くに見られるようにもなっている。

 朝本を鞄に入れた私は、だが、まだ1ページも読み進めずにいる。