郵便受けを見たら溜息がでた。
「うーむ。またこの季節がめぐってきたか」
毎年秋になると、あちこちの教科書会社からサンプルが届き出す。それが心苦しいのだ。
分厚いお金のかかってそうなカタログと、会社によってはサンプルの数冊が一緒に送られてくる。中には使えそうなものもあるが、大変申し訳ないことに私は教科書を使わないのだ。
今から23年前、大学1年生になった私はお金というものがまるでわかっていなかった。当座の費用として親から3万円渡されて常磐線に乗った私の荷物は、着替えの服とやかん、入学手続き書だけ。まぁそれでも気分は上々。随分裕福な気持ちで学校に向かった。
「何しろ3万もあるからな」
世間知らずとは恐ろしいものだ。一人暮らしをしたことのなかった私は、タマネギ3つで130円もするなんて知らなかったのだ。おきまりの新入生歓迎コンパとやらが続き、ほとんどお金が残らなかった。まぁ塗炭の苦しみとはあのことだ。アルバイトが見つかるまで月3万円だった私は、6月を過ぎる頃には高校時代の友達にもすぐにはわかってもらえないくらい痩せた。15 キロぐらいの減量。なにしろ昼うどんを食べようかどうしようか10分ぐらい悩んでたからなぁ。まぁ部活もやってたし。それまで溜め込んできた贅肉で、やっとこさ動いていたようなものだ。
困窮生活に追い打ちをかけたのが教科書。外国の本が多かったので値段は当然高い。まぁそれは仕方がない、専門なんだから。だが、それ以外で買わされる教科書はひどかった。「薄い」と文句を言われるネイティブシリーズと同じ厚さで5000円越えたりするからね。箱付き。著者は担当の先生。ずいぶん恨んだもんだった。
そーゆー暗い過去をもつ私は、教科書を学生に買わせるのがどうしてもイヤなのだ。教員になってから14年経つが、他の教員と共通 した授業以外で買わせたのは最初の2年間ぐらい。自分の本も学生に買うように言ったことはないし、それぞれ10冊ぐらいは研究室において適宜貸し出している。
授業はいつも自前のプリント。そういえば「ネイティブスピーカーの英文法」は授業のプリントをまとめて出したもの。「文法の本のわりには薄い」と文句を言われることもあるが、それは出版社に断られたらコピーして学生に配ろうと思っていたから。あんまり枚数があると、それだけでまた貧乏になりそうだったからね。実際、出入りの教科書会社の人に「これいいと思うんだけど」と言って原稿渡しても、なしのつぶてだったしさ。
おかげで音声学でも意味論でも時事英語でも英作文でも英文購読でも本を書けと言われれば、すぐにできるくらいのネタが溜まった。人生苦労はするもんだ。
******業務連絡
(1) というわけで教科書会社のみなさま。大変申し訳ないのですが、私の住所は名簿から削除していただいてかまいません。それは八百屋にだいこんを売るようなものです。
(2) 本文中筆が滑って「音声学でも意味論でも時事英語でも英作文でも英文購読でも本を書けと言われれば、すぐにできる」と大言壮語しましたが、時間はありません。〆切が死ぬ ほど押していて、メルマガ書く時間さえないのです。ゆめゆめお仕事の話は持ってこられないようお願いします。