最近のスケジュールは過密だ。だがそれは国際経済学者のような、テレビ出演の合間にエッセイを書いて、その合間にアポイントメントを取って、といったよくわかる陽気な過密さではない。 朝8時から夜中の3時まで、食事とたばこを買いに行く以外はずっとパソコン前でうずくまっているだけの生活。「たかだか2百数十ページを書くのに何やってんだか」と思う。2時間考えて3行進む、そういった仕事だ。
そうした生活でかろうじて書斎に歩いていく力が続くのは、そこにスピーカーがあるからかもしれない。今はフルトヴェングラーの第九(バイロイト盤)がリピートで一日中かかっている。この才能の固まりのような男が、私が生まれる10年前に創り出した、ベートーベンの新しい価値。
先日朝、新聞でテレビ欄を見ていると、 「宇宿允人」が目に飛び込んできた。考えてみれば珍しいことだ。私は格闘技系とニュース以外ほとんどテレビは見ない。中日新聞のテレビ欄を見るのは、最下段に「今日の丑年の運勢」があるからだ。「親孝行して大吉」とか書いてあるのだ。
宇宿允人氏は、指揮者だ。N響の主席トロンボーン奏者から、大阪でオーケストラの育成に携わり何らかの事情でそこを飛び出て、フリーになった。そうした経歴の人だ。もう60台後半。彼のホームページに写 真があるが、殆ど詐欺のような写真。実際は、遙かに歴とした爺様だ。
私はこの爺様を見るたびにゴッホを思う。理想に喰いつくされた、人間の形をした或るもの。輪郭だけが爺様を作っている異質の魂。この爺様は私費でオーケストラを集め、3日間程度の練習でまとめ、公演をする。もちろん赤字だ。まともな神経をもったどこの人間が、損をする為に生命を削って働くのか。
練習の様子を見たのはこのNHK の番組が初めてだ。寄せ集めの演奏者たち。学生を始めさまざまな経歴をもった人間がいる。それを、血を吐くように怒りながら、唾を飛ばしながら、たどたどしいロレツで、火の出るような鍛え方をする。素人目にも3日間の練習でまともな公演が出来るわけがない。だが、この小男はそれをやる。爺の形をした芸術家魂がそれをやる。その爺がインタビューで言った。
「僕の音楽がわからん人間に来てもらいたくはない。だけど、(公演で大きな赤字を出さないために)藁人形でもいいから席に座っていてもらいたいと思うことがある」
泣けた。
公演は完璧ではない。無傷ではない。それはそうだ。だが一度聴いてみるといい。できればカラヤンか何かを100回ぐらい聞いてから臨むといい。そこにはこの爺様の輪郭がある。この爺様を喰いつくした理想が見え隠れする。この爺の肉体が滅びるまでに、一度でいいから一流のオーケストラでやって貰いたいと願うのは、私だけではないはずだ。フルトヴェングラーはすでにこの世にいない。だが、爺は生きている。
11:00にテレビを見終わった私は、明け方6時まで仕事をした。
還暦過ぎの爺に負けてたまるか。