ようやく「英文法をこわす」(NHK BOOKS 刊)が上梓の運びとなった。
今月末には本屋に出回るだろう。誰もが疑問を感じてきたにも関わらず何も言わなかった「裸の王様」を指さして、「裸です」と言った初めての本だと思う。過去にも「学校文法はだめです」と言った本は色々あったし、口を極めて罵った本もあるが、学校文法本人にはダメージなんてなかったはずだ。結局の所「ほら、反例だすよ」程度の話であるから。「ぢゃ、変えときますよ、ちょっとだけ」と言えば済むからだ。かわいいもんだ、そんな話は。
校了は明け方近く。編集の方々と「おつかれさん」を言いながら、一杯飲む(東京には4時過ぎまで空いている居酒屋があるのです)。
「大西さんは孤立無援な人だね」
「どうしてですか」
「いただいた原稿は本当に面白い。だけどこうしたことが普通に言われていないとすると...」
「そうですね。当然孤立無援です」
伝統的学校文法の病理は深い。学校文法で日々授業を行っている教員の方々、本を書いている人々、その習慣に慣らされた学生たち。英語の知識が足りないが故に金科玉 条になった規則の山。そうした中で、感覚(イメージ)への回帰を促す人間は、必然的に孤立無援だろう。Michael Swan などが王様の分野だ。孤立せざるを得まい。だが。
「まだ孤立無援です。大きな潮流ではありません。中学校では相変わらず、-ingは「こと」です。ですが、耳の痛い意見を言ってくれる読者の方々が私にはたくさんいます。その人たちは、このくそったれな現状を変えていく仲間だと思っているから、大切にしています。クリスも当然仲間です。こんな明け方まで、なんとかこの本を期日通 りに出そうとがんばっていただいたみなさんも、当然ダチなんですよ」
圧倒的弱者が自分の信念を世に問うとすれば、饒舌にならざるを得まい。もっているチャンネル、レトリック、能力はすべて使わざるをえまい。
だから今年は「好きなことを好きなように」言わせてもらうことに決めたのだ。