030220 バレンタインデー

バレンタインデーにあまりいい思い出はない。小学校の頃、昇降口でグリコアーモンドチョコを鈴木なんとかさんに貰ったのがほとんど唯一の経験だ。しかも半分。ずいぶん体格のいい女の子だったから惜しくなって食べたんだろうな。

 くだらない習慣ではある。菓子屋のビジネスにうかうか乗っかっているんだから。だが、最近の幼稚園や小学校で見られる「チョコ禁止令」も同様にくだらない。「もらえない子がかわいそうだ」という論点らしいのだが、「運動会の徒競走でおててつないでゴールイン」と同様のくだらなさがある。

 世の中不公平はそこら中に転がっている。顔がよかったり背が高かったり足が速かったり頭がよかったり女に生まれたり男に生まれたり父ちゃん金持ちだったり爺ちゃん政治家だったり。そうした運不運は人生にいつもついてまわる。そしてそれは喜ばしいことだ。人間は不公平によって磨かれるものだからだ。他人より劣っている部分を受け入れ、それをバネに優れている箇所を---もしなかったら無理矢理でも見つけ出して---大きく育てることに人生の醍醐味がある。運に恵まれ安穏と生きてきた人間は、ツルッとつまらない顔立ちをしているものだ。

 チョコ1つももらえない大西少年は、髪型を変えたり腹筋したりした。万策尽きて明るい男女交際は諦めた。それでもって、ちょっとだけ得意だった読書をすることにした。

 「... バレンタインデーだというのにここに集まったみなさんは、今日のこの日は用がないってことですね」

 2月14日の講演会は盛況だった。私自身楽しみながら英文法と語彙の話を絡めてお話したが、その途中ふと(運悪く美男子に生まれたら、本を書くこともなかっただろう)と思った。(こんなに楽しい時間も過ごせなかっただろうな)とも思った。だけど、チョコをもった客が一人も来なかったことを思って、

 (やっぱりヘンな顔わつらいな) ともついでに思った。