みなさんこんにちは。先週は失礼しました。最近体調が思わしくなく、他大学に講義に行ったこともあり、得心の行く原稿が書けなかったため配信を見合わせました。これからも同様のことがあると思いますが、ご理解ください。
さて、時事系の文章が続いたので、今週は少々格調高く行きましょう。Bertrand Russell の登場です。一流の文章家の作品にふれることによって、みなさんの中に触発されるものがあるはずです。
(この文章は原仙作先生も大学受験関係のご著書で取り上げられた文章です。見覚えのある読者の方も多いのではありませんか。ネイティブの目線で読むと文章がどう見えてくるのか、受験生時代を思い出しながらお楽しみください)
The present time is one in which the prevailing mood is a feeling of impotent perplexity. We see ourselves drifting towards a war that hardly anyone desires --- a war that, as we all know, must bring disaster to the great majority of mankind. But like a rabbit fascinated by a snake, we stare at the peril without knowing what to do to avert it. 【大意】今日、出口のない無力感が世相を支配している。誰も望んでいない戦争 ---人類の大多数に災厄をもたらすことが誰の目にも明らかなこの愚挙 --- に、否応なく巻き込まれていくわれわれ自身を、呆然と眺めていることしかできないのだ。われわれは蛇に魅入られた蛙のように、巨大な危機の前で為す術なく立ち竦んでいる。 |
文才ある書き手のもつ表現に対するこだわりについてはこれまでもしばしば言及しましたが、今回学ぶべきテクニックは「イメージを集める」です。表現を注意深く選択し、ある特定のイメージを繰り返し繰り返し植え付けていく、このテクニックを学んでおきましょう。 それではさっそく、それぞれの表現をじっくり「舐めて」いきます。
この単語は predominant, dominating(支配的)という感触をもっています。そうですね。箱庭の砂の上に割り箸を数本立ててみましょう。そこにコールタールを流し込みます。割り箸は一本一本倒れていき、じきにコールタールの黒ばかりになります。prevail は、まさにそういった感覚の単語です。割り箸のように目立った物は押し流され、一面 . . . 。
current など他の可能なオプションよりも、powerful な表現を選んでいるのが感じ取れますね。
impotent
日本語においては男性の性的能力の欠如をピンポイントに言及する言葉として使われますが、この単語は powerless(力のない)をあらわす普通の単語です。
What can I do? I feel so impotent. (僕に何ができるというのか。自分の無力を感じる)
「困惑」。相反する情報を与えられるなどして、何をしていいのかわからず立ち往生している状態です。理性による思考が停止していると考えていいでしょう。
My boss told me this morning that I could have the day offf tomorrow and now he's just told me in an angry tone that I can't. I'm totally perplexed.
(ボスは今朝、明日休んでいいと行ったのに、つい今し方怒った声でダメだって言うんだよ。何が何だかわからないよ)
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「現在世の中を a feeling of impotent perplexity が覆っている」。このimpotent perplexityが ---もちろん冒頭の文は全体のまとめとして機能しますから --- この文章のキーフレーズになっています。「力無い困惑」とは何か。その説明が次の文から展開されるわけですが、みなさんは「あっ、そういった困惑なのか」と納得するだけでは困ります。使われる表現のもつイメージが、常にこの impotent perplexity に「集まってくる」ことを見逃さないでください。それがみなさんが学ぶべき、書くための重要なテクニックなのです。
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もちろん 「see + 目的語 + -ing(...しているのを見る)」 の知覚構文ですね。この形についてのコメントは来週行うとして、今日は drift の意味に注目してみましょう。
drift (漂う)
エンジンが壊れた船が潮流に流されているのを想像してください。自ら方向を決められない無力感が色濃く感じられる単語です。さあ、もうみなさんはこの単語が実に意識的な選択の所産であることがわかりますね。powerless to stop a war...。 impotent とイメージが重なっていることがわかるでしょう。
さらに desire という、 want, hope より強くくっきりとした「欲求する」を使っているところから、「強く望みながらも、力無くdrift している」という図式が強烈に印象づけられます。
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impotent perplexity とは「戦争に強く反発しながらも、実際は為す術なくそちらに向かって流れていく」、Why can't we stop?という心情を指し示しているのです。
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さあこの状況を鮮烈に印象づける比喩がでてきました。impotent perplexity がわかりやすい具体的な情景として、迫ってきます。比喩は両刃の剣です。的確でない比喩、言い古された比喩は文の力を損なってしまいます。的確でない場合は当たり前ですが言い古されている比喩も、文章に「穴をあけて」しまいます。最初の2単語を読んだだけでその文全体が手軽に理解できてしまう比喩は、文章から迫力を奪い弛緩させてしまうのです。
さてこの文はどうでしょうか。私たち日本人は「蛇に睨まれた蛙」というありふれた言い回しを知っています。しかし、英語においてこの表現は「使い古された」「ありふれた」表現ではありません。「蛇に睨まれた蛙」というすばらしいコンビネーションを考案した昔の日本人と同等の、独創性・鋭い言語感覚をこの書き手は持っていると言えるでしょう。逃げねば命を奪われてしまう兎、それにもかかわらず動くことすらできない兎。文章中の we が置かれている状況を、これ以上的確に情景化する比喩があるでしょうか。
fascinate (魅了する)
「惹きつけられる」というこの単語が使われている理由は、蛇という動物の属性を考えれば容易に理解できるでしょう。Jungle Book にもそうしたシーンがあったように思いますが。蛇に睨まれた相手は催眠術にかけたように動けなくしてしまいます。そうした状況を fascinate と巧みに表現しているのです。戦争という巨大な危機に魅入られながら、身動き一つ取れない無力な私たち--- impotent perplexity が皮膚感覚として浮かび上がってきます。
stare この文脈で stare 以外にピッタリと当てはまる単語を私は知りません。この的確な選択。stare はただ「見る」のではありません。カッと見開らかれた「目」です。
What are you staring at? (何ガンつけてんだよ)
蛇に睨まれた兎の目を想像してください。それで十分でしょう。そして兎の、カッと見開かれた「目」が we の「目」と重なってくるのです。 ちなみに peril は serious danger ということ。war をすぐに連想させる単語です。
the perils of war (戦争の危機)
avert (くい止める)
何かが起こることを stop する、という動詞です。この単語は「目」と色濃くつながっています。視野を覆い尽くす目前の大きな危険。差し迫った緊張感を伴う単語であり、war と強固なコンビネーションを作ります。
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さあもうみなさんは、この文章のもつ濃密なイメージの流れを理解することできるはずです。impotent - drift - rabbit これらの連鎖が無力な「私たち」を、war - peril - avert - snake が、危機の巨大さと禍々しさを、そして、 impotent perplexity - a rabbit fascinated by a snake は、無力な「私たち」が、巨大な危機の前でどうすればよいのか分からず立ち往生している様をあらわしているのです。 特定のイメージに照準を合わせ、語句を注意深く選んでいく。言外のイメージをコントロールすることによって、文章に厚みと力が生じているのです。表現を集めていくテクニックは、どういったレベルの文章を書くときにも、必ず役に立つはずです。
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次週は同じ文章を使って、形に対する考察を深めていきましょう。また来週。
□□□おーにしの不惑日記 (no.6)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ It never rains... 今週は他大学への出張講義と、実家の引っ越しが重なって、いつにもまして忙しい週でした。用事というのは重なるものなんですね。講義へはほとんどない時間を工面 して出かけたのですが、その甲斐あって実り多いものとなりました。若い学生諸君がもつ精神の弾力は、押している力と同じだけの力を戻してくれる。わずか 100人程度の、たった90分の講義でしたが、私の中にも新しい力が生まれました。参加してくださったみなさん、どうもありがとうございました。私とマクベイ先生は「ライブ」が得意種目です。いつか機会があれば、読者
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