英語のはらわた no. 6

 

今週は先週からの続き。Bertrand Russell の文章を舐めていきます。  

語句の選択でそのテクニックを十二分に示したこの筆者が、英語文の形につ いて何を私たちに教えてくれるのでしょうか。

The present time is one in which the prevailing mood is a feeling of impotent perplexity. We see ourselves drifting towards a war that hardly anyone desires --- a war that, as we all know, must bring disaster to the great majority of mankind. But like a rabbit fascinated by a snake, we stare at the peril without knowing what to do to avert it.

【大意】今日、出口のない無力感が世相を支配している。誰も望んでいない戦 争 ---人類の大多数に災厄をもたらすことが誰の目にも明らかなこの愚挙 --- に、否応なく巻き込まれていくわれわれ自身を、呆然と眺めていることしかで きない。われわれは蛇に魅入られた蛙のように、巨大な危機の前で為す術なく 立ち竦むのだ。

                                          

文の形を舐める

Present time is the one...(現在は...)  

この文章の書き出し、実に heavy な書き出しになっていますね(one は time を受けていますよ)。単なる「現在は...」という書き出しなら、 Nowadays, These days でも事足ります。    

Nowadays, the prevailing mood is...  

それではなぜ、好き好んでこのような heavy な形にしたのでしょうか。

「名詞」が欲しかったのです。  

日本語で考えましょう。「現在われわれは...」、この軽い書き出しでは 「現在」は流れていきます。それは形容詞・副詞の宿命といえるでしょう。こ れらは、何らかの「もの」を説明し修飾するその機能の故に、確固とした強い イメージを結ばずに「流れて」いくのです。    

この文章は「現在という時(代)」がどういった性質のものであるのか、をその中心に展開しています。展開がそうである以上、「現在」という「もの」 が強くハイライトを受ける形を選ばねばなりません。    

みなさんはこの書き出しを読んでどう思いましたか?「現在」が強い焦点と して意識されませんでしたでしょうか。それがこの heavy な書き出しを選んだ理由なのです。「名詞」。この確固とした「焦点」を中心に ---それを describe する形で --- 文章が展開されていくのです。

We see ourselves drifting... (情景が展開する -ing) (流れて行く様を眺めている)  

おなじみの知覚構文です。    

see + 目的語 + 動詞原形(-ing 形):〜するのを見る  

といった図式で習った方も多いと思いますが、忘れてください。このような フィールを伴わない文法規則は役に立たないのです。  

この形は単に  see + 【状況】 ということ。「ourselves --- drifting(私たち --- 漂っている)」という 状況を「見ている」に過ぎないのです。(*1)  さて drifting と、ここが -ing の形を取っていることに注意してくださ い。以前、-ing には常に「生き生きした状況が連想される」と説明しまし た。-ing には常にそうした動的な感触がともないます。リアルな状況が動い ているのです。(*2)    

今まさに drift していくリアルな情景が目の前に展開しています。もし、    

We see ourselves drift...

であれば、否応なく戦争に向かっているわれわれ自身をリアルにイメージさせ るこの文から、迫力が奪われてしまいます。

drifting towards a war...  

前置詞のイメージを問題にしましょう。もし towards のかわりに to を選 んだらどうなるか。    奇妙なことを言いますがto には「ピッとすぐに war に到達する」感触があ ります。また towards なら、ゆっくりとそちらの方向に向かって流れていく イメージ。この文脈でふさわしいのは towards の方でしょう。   to はイメージの中に「到達点」を含みます。    

We went TO the park.  

到着していますね。それに対し towards は「方向」に力点がある単語。「頭 をそちらに向けて」。こうしたイメージのちがいが、ニュアンスのちがいとし て表出しているのです。

hardly anyone desires (ほとんど誰も望んでいない)  

hardly の位置を「?」と思わないでください。hardly は anyone を修飾し ています。「誰を考えてみても(どれを選んでも)」と「選択の自由」をあら わす any を「ほとんど...ない」の hardly が修飾しています。    

ちなみに    

Anyone hardly desires...  

この形は一見よさそうですが、実はアウトです。any と否定語の絡みについて は、これから言及する機会があるでしょう。  

But like a rabbit fascinated by a snake, we stare...      

stare はなぜ「現在形」なのでしょう。なぜ -ing とならないのでしょう か。「はらわた」読者のみなさんなら、この「味」は見逃せません。    実は先週号の訳では「誤訳」を差し挟んでおきました。「立ち竦んでいるの だ」では、誤訳とは言えないまでも、少なくとも原文のフィールを掴んではい ません。ここは「立ち竦むのだ」が相当です。気が付いていただけましたか?    

もしここが staring だとしたら、「立ち竦んでいるのだ」でもよかったで しょう。ですがこの文は単に「私たちは...している」と、現在の状況を述べ た文ではありません。作者の醸し出したかったフィールは別のところにあるのです。それは「帰結」。inevitability/ inexorability(避けがたさ)を伴っ た帰結なのです。まずは現在形の意味を復習しましょう。      

現在形のニュアンスの中心は --- 以前説明した通 り --- その「安定感」に あります。

   Quadratic equations never have more than 2 solutions.  
  (二次方程式は3つ以上の解をもつことはない)  

「これまでも --- 今も ---そして(多分)これからも変わることがない」、 そういった種類の「いつも成り立つ」という安定感です。二次方程式は、何かの都合で3つの解をもつことがあるでしょうか。  

その安定感によって、現在形は「法則」を述べる便利な形となっています。 言うまでもなく、「法則」の本質は「いつも成り立つ」にあるからです。    

If you dip litmus paper in acid, it turns red.  
(リトマス紙を酸につけると赤くなります)

 

さあすでに現在形を使った Russellの意図が明らかになったことで しょう。私たちは邪悪なヘビに睨まれた rabbit です。そうした状況によってもたら される当然の結果として、避けがたい帰結として、 we stare at the peril...  (私たちはその危険を凝視したまま動けなくなる[しかない]のだ) が与えられているのです。                   

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今回の内容はいかがでしたでしょうか。「難しい・高度」という印象をもし 与えてしまったのなら、それは私の筆力のせいでしょう。ネイティブの語感と チューニングがあっていたなら自然に「滑り込んでくる」はずの内容ばかりで す。    

一歩ずつ積み上げてください。    

私たちの ---無意識のうちに駆使している --- 日本語能力も、日々の積み重ねから成り立っています。ことばの上達に近道はないのですよ。